「スターン報告:気候変動の経済学」を紹介する

先日のエントリを書いて思ったんですけど、地球温暖化に関してこれだけ話題にされながら、その影響があまり知られていないようです。そこで今回は、温暖化の影響を包括的に調べた報告書「スターン・レビュー:気候変動の経済学」のさわりだけを簡単に紹介してみます。*1

スターン報告の概要は次のとおり。

スターン報告(スターンほうこく、Stern Review)とは、2006年10月30日にイギリス政府のために経済学者ニコラス・スターン卿(Sir Nicholas Stern) によって発表された地球温暖化(気候変動)に関する報告書である。正式な表題は The Economics of Climate Change (気候変動の経済学)。地球温暖化の対策による損得、その方法や行うべき時期、目標などに対して、経済学的な評価を行っている。
wikipedia:スターン報告


で、前回同様、報告の中身を見る前に、大気中のCO2濃度の予測を見ておくとイメージしやすいかな。


IPCC第3次評価報告書第1作業部会報告書fig.5

先日も書いたように、シナリオA1B(赤実線)が最も中庸な状況設定かと思われます。温暖化対策が行われなければ、2050年に約550ppm、2100年に約700ppmに達すると予測されています。


さて、スターン報告では、様々な研究を基にして、CO2がどの濃度で安定化するかに応じて*2、温暖化の影響をとりまとめています。その一覧がこちら。

気温上昇が2℃以下では影響はそれほど大きくありませんが、2〜3℃を超えると影響が甚大になり、5℃になるともはや予測不能となります。報告では、この結果を踏まえ、気温上昇が3℃程度と予測される550ppmにCO2濃度を安定化させることが重要とまとめています。

報告はそもそも環境経済学の分野に属するもので、各影響のデメリットとメリットを経済的に評価しています。ただ、自分の専門ではないので、そこはとばして結論だけを引用すると、今後2世紀の間で、*3

リスクの経済学を適用し、影響とその結果をすべて考慮して解析すると、BAU時(対策をしない場合)の気候変動は、1人あたり消費額の5〜20%に相当するだけの、社会厚生*4の減少が示唆されるのである。

一方で、温暖化対策にかかる費用も見積もっていて

資源コストの予測値は、CO2換算550ppmでの安定化に向かう排出削減にかかる2050年までの年間のコストの上限値が、GDPの1%であろうということを示唆している

とのこと。そして

予期される気候変動の悪影響の低減は、きわめて価値があり、しかも実現可能である

と結論付けています。

つまり、CO2濃度が2050年のレベルで止まるように、GDPの1%を使って今から対策を行っていくのが、現実的かつ合理的じゃね。ということらしい。対策をしなければ、上図で示したような様々な悪影響があって、経済的にも大損だよ、と。*5

ただし、これは今すぐ対策を始める場合であって、対策が遅くなればなるほど、温暖化の被害は増大し、対策にかかるコストも跳ね上がるという議論もしています。*6

ここでは結論だけを紹介しましたが、報告の要旨ではそれぞれをある程度詳細に議論しているので興味ある方はそちらをどうぞ。要旨は国立環境研究所によって和訳されてます*7

*1:自分の専門分野ではないし、要旨しか読んでないのですが。

*2:前回紹介した研究ではピーク時のCO2濃度を基準にしていたのに対し、ここでは落ち着いた後のCO2濃度が基準であることに注意。

*3:前回エントリから考えると短いですが。

*4:生産者の利益+消費者の利益−環境汚染の被害、らしい。

*5:発展途上国で被害が特に大きい。そんなもんだよな...

*6:技術革新を待てば損する、と強調されてる。

*7:報告に関するコメントも興味深い。